2012年04月11日
筆記具として
私のグッズではなく、チビすけ(もうすっかりチビではなくなった中学2年生)用として。
これすべて、「新しいiPad」が「iPad2」より重くなったことに起因する。
1:新型出る→新しいモノ好きの母が買う→旧型は自分用と目論む
2:「重くなったから今回はスルー!」と私が断言。
3:チビすけ、アテがはずれて、リビングのPCに陣取る。
4:「パソコンばっかりやってる」(祖父母)
5:「だって、書くのに、いるもん!」(チビすけ)
6:「司馬遼太郎だって手で書いてただろう!」(祖父母)
7:「ワードで入稿だもん!」(チビすけ)
8:「手書きで入稿させてくれるのは、よっぽど大物だけだろう・・・」(私)
ジェネレーションギャップの縮図がリビングに現れた・・・。
チビすけは中学に入って、小説を書くクラブに入った。
文化祭で機関紙も発行する。印刷所に入稿するので、締切までに「ワードファイル」で先輩に提出せねばならない。部室にパソコンがあるが他の部員も使う。学校のパソコンルームは使用許可がいる。自宅のリビングにワードソフトが入ったPCがあれば、それをメインに使いたくなるのは当然の成り行きだろう。
最初に原稿入力をし始めたとき、「エディタで書いて、最後にワードで成型すれば早い」ことを教えた。なので、iPadにキーボード(ポケモンタイピングソフトのスグレモノキーボード)つけて入力することも考えてたようだ。
iPadをもう一台買うことも考えたが、ネットに繋がるわゲームは出来るわ、誘惑のカタマリみたいなものであるから・・・まだちょっと早いか?
要するに、筆記具としてのキーボードが必要なのだな・・・ということで、行き着いたのがポメラ。これは、ネットに繋がらない。締切前にフラフラとネットサーフィンせずに済むだろう(あぁ、自分の耳が痛い・・・)。
格安の中古PCにワードだけ入れることも考えたが、手軽さと立ち上がりの速さを考えたらポメラが勝つのではないかと推測。ま、私のガジェット好きの血が騒いだということもあるのだが。
ポメラもいろいろな機種があるが、「筆記具としてのキーボード」が一番使いやすそうなDM100にした。
はたして、どれだけ使えるものかは、未知数。
リビングに平和が戻ることを期待したい・・・。
2011年09月07日
ipad2といっしょ
大学の先生に、PDF資料をプロジェクターで写すには大変便利と勧められたのがそもそものきっかけ。上からマーカーしたり書き込んだりして見せられるとのこと。
調べてみたら色々やってみたいことも出てきて、半分衝動買い状態で購入。やってみたいことといってお仕事がらみのことばかり。貧乏性が悲しい。
使いこなせなかった場合、ニコヤカにチビすけ(すっかり大きくなったが)が奪い去っていくに違いなく…ま、無駄にならないという意味では堅実な買い物と自ら言い聞かせる。
リンゴ印の製品は、阪神大震災で書棚をガッシリ受け止めて持ち主の命を守ってくれたCentris650以来!なんだか懐かしい。
設定に試行錯誤したものの、無事、一通りの機能は使えるようになった。
便利だ!
想像以上の快適さだった。そして、物としての威圧感がない。モバイルPCとはそこが違った。機械に苦手意識がある方が多くみえる相談現場でも安心して使える。パソコン使って情報提供すると、機械に苦手意識がある方は明らかにひいてしまう。対面で話し合っているときだと、一緒に画面をみるのは難しい。iPadは一緒に見ることができる。この違いはものすごく大きかった。
冒頭に登場した大学の先生が、「モバイルパソコンとは役割が別!あれはあれで必要なの。」とおっしゃった意味がよく分かった。これは、人と人を繋ぐツールだ。
ワードやエクセルもバリバリ使えるレッツノートを持ち歩けばなんでもできる。スマートフォンを買えば(私は持ってない)手軽にスケジュールやメール管理もできる。iPadならではの特徴は閲覧性と敷居の低さのように感じている。
私が仕事で出歩くときは、人と話したり説明したり、資料を見せたりということがほとんど。 iPadが一番便利なのかも!
ということで、しばらく一緒に移動しながら、ピッタリくる使い方を見つけるつもり。色々できそうで、楽しみ!
2011年06月29日
取扱注意
ずっと大好きだったYA作品に手が伸びなくなってしまった。
書店に行き、「あ、これ、面白そう!」「読んでみたい!」と思う作品をチェックするのだが、この数か月、ここでストップしてしまうのだ。
いままでも、仕事多忙の時期はなかなか読む気にならなかった。これは至極当然だと思う。しかし最近は、読もうかなというゆとりがあっても、ダメ。全く違うジャンルの、「別に読んでも読まなくてもいいんだけどね・・・」といった本のページを繰っている状態。
なんでかなぁと自分でも不思議だったのだが、今朝、気づいた。
目の前にいるホンモノのYAの存在が原因かも!
中学生になった途端、如実に反抗期突入のわが子。顔に「取扱注意」と書いてあるかのような雰囲気になった。学校のカウンセラーさんが「親の言うことが正しいと思っていても、意地でも言われたとおりにはしたくないお年頃」とおっしゃったが、ホントにそのとおりなのだろうと、見ていて思う。当時の自分を振り返っても、そう思う。
私は、どうにも不器用な生き方しかできなかった(今もだが)ので、児童文学やYA作品の「ままならなさ」に共感する。
一般小説の「ままならなさ」とは異なる、繊細で、ある意味些細で、でも間違いなく厳かな「ままならなさ」がそこにはあると思っている。
おそらくそれは私の核である。毎年順調に年だけは重ねたため、数々の傷はカサブタから鎧になり、目や耳は適度に鈍感になり、腹は外も内も太くなってなんとか大人の世界で世渡りをしているだけのことだ。
今までは、自分の「ままならなさ」と小説の「ままならなさ」を、気が向いたときに照らしあわせていれば良かった。今、もっとリアルに「ままならない奴」が、私の気分にかかわらず、目の前にいるという状況になってしまったのだ。もはや私の「ままならなさ」は、飽和状態だったらしい。
2か月たって、やっと気づいた。「取扱注意」と書いてあるのだから、むやみに触らず、片目で見ていればいいのだ。
存分に「厳かなままならなさ」を味わう権利を侵害してはいけない。子供が親の思いどおりになってくれれば、親としては極めて気楽である。だが、客観的に見てそういう子供が「好きか?」と聞かれれば、「面白みに欠ける」と私は答えるのだ、間違いなく。だったら、面白みがある人に育ってくれますようにと祈るだけにしておこう。
しばらく練習が必要だろうが、「取扱注意」な存在に慣れたら、きっとまた、YA作品を楽しめるようになるだろう。私の厳かなままならなさと向き合い、それでも前に進むために。
2011年05月22日
できること、なりたいもの
小学校6年生の頃、「もっと本の話ができる友達がいたらいいなぁ」と言っていた。小学校が大好きだったが、それだけが満たされない部分のようだった。
中学校に入り、読書と創作をするクラブに入った。
念願の、「本の話ができる先輩」に出会えて大喜び。
毎日、ゴハンを食べるように本を読んでいる。
息をするように、イラストを描いている。
そして時々、勉強している(笑)
保育園の頃、将来の夢は「忍者」だったが、曲折を経て今は「もの書き」らしい。
3足のわらじ状態の母を見てか、「安定した職」をやりつつ書きたいそうな。
不思議に思ったのできいてみた。「マンガ家にはならないの?」
筆ペン(極細筆ペンで描く)をゆらしながら、「あー、それは一度も思ったことないなぁ。なんでかなぁ。」と、アッサリしたお返事。
ヒマをみつけちゃぁ描き、オリジナルのキャラクターが何人もおり、そのプロフィールまで考えてあり、はては小学校時代の友人までキャラクターのモデルになって登場している。
傍からみれば、フツーに「マンガ描きになりたい人」に見えるのだが・・・。
「できること」と「なりたいもの」は違うのだなぁと感じた。
息をするように「してしまう(できてしまう)」ものは、高く掲げる目標のリストには出てこないものなのかもしれない。
2011年04月18日
縁あって
つまり私も「中学生の母一年生」になったわけで、初めての保護者会を欠席するほど勇気は…ない。
無理に仕事を調整したのだが、行って良かった。
ン十年ぶりに同級生に出逢ったのだ!卒業以来初めてのこと。それでも、見た瞬間お互いにわかった。
二人とも子が一年生となり、クラスまで同じ。なんたる偶然!小説みたいな出来事だ。
そして、一緒にPTAのクラス委員をすることになった。
女性の同級生たちは、結婚や夫の転勤などで遠くに行ったも多い。同窓会もしていない。年賀状のやりとりが続いているのも数人にすぎない。
時を経て、このような縁があるとは思いもしなかった。
子どもたちが結んでくれた懐かしい縁に、深く感謝!
2011年03月23日
ノンナンセンス
これを「懐かしいスタイル!」と思うという時点で年齢がわかるかも。
シェーファーの「ノンナンセンス」という万年筆。名前もスタイルも好きです。
流行っていたのは、もうずいぶん昔。高校〜大学の頃じゃなかったか?
とっくに作っていないはずなのに、なぜか新品が神戸ナガサワ文具店に!
コンバーターより安いです(笑)気になる方は、おはやめに!
しきりに「なつかしいなぁ」という私に、「5月にセーラーからキャンディ万年筆が復刻されます」と教えてくださった。
「どんなんだったっけ?」という顔をしていたのだろう、雑誌の写真を見せてくださった。
はい、持ってました!!中学生の頃、グリーンのインクを入れて使ってました。
すっかり忘れていた思いでをオマケにつけてくださったスタッフさん、ありがとう。
2011年03月20日
プレピーを使ってみた
「プレピー」という超格安万年筆があると知り、さっそく使ってみた。
お値段は210円!それでも、ちゃんとしたペン先がついているらしい。
店頭で、どの色にしようかと迷いながら・・・ひとまずブルーブラックとグリーンを選択。
一方はそのまま、プラチナのブルーブラックカートリッジを入れる。
プラチナのブルーブラック、初めて使ってびっくり・・・青い!しばらくすると落ち着いた色になってきて、その変化も良い感じ!
書き味も十分満足でした。いささかカリカリはするけれど、なんといっても210円!気楽に使えて、この使い心地ならば十分過ぎる。
嬉しくなって、グリーン軸は、空になったプラチナカートリッジを用意して、モンブランのブルーブラックを入れた。
ところが・・・グリーン軸の方は、どうも書いててひっかかる。どうやらペン先の当たり外れがあるらしい。
インク入れたしもったいない。根性で使い続けていたら、あるときスッと書きやすくなった。いったいなんだったのだ??
ペン先は細字(0.3)と中字(0.5)がある。
気楽に持って出て手帳に書くのに使いたいので、私は0.3を買ったが・・・手帳用にはまだ太い(というか、インクの出が良すぎる?)
極細があれば嬉しいなぁ・・・プラチナ万年筆さん、手帳用に極細タイプを作ってください!
卒業
寒い寒い体育館での式典だった。被災地の方々は、もっと寒い日々をお過ごしなのだろうと思った。そして、カレンダーに書いた予定どおりに卒業式を実施できることに感謝をし、全員で黙とうをささげた。
小学校入学への不安などもこのブログに書いた記憶がある。
親の方がナーバスになった「ご入学」だったが、杞憂だった。私よりもチビすけの方が、人づきあいはうまいのであろう。親の不出来なところは、子供が補うようにできているのか?
緊張した面持ちで式を終え、グラウンドでは笑顔・笑顔で互いの写真を撮っていた子どもたち。
涙の卒業式も良いけれど、当日のお天気のようなスッキリした笑顔あふれる卒業式は、とても頼もしく、力強く感じた。
卒業生は2つの公立中と、いろいろな私立中に通うことになる。みんなが顔を揃える機会は、おそらくもうない。
そんな風に先が見えてしまう大人としては、寂しくないのかな・・・とも感じていた。
夜、布団に入って。
「卒業しちゃったら、やっぱりちょっと、さびしいな・・・」
明かりの落ちた部屋でやっと、言葉になった。
さびしいね。
それでもやっぱり、どの子もみんな、卒業おめでとう!
2011年03月17日
震災
被災地はいかほどかと思う。せめて天候だけでも暖かくなってほしいのに。
阪神大震災を体験したとき、私の心はしばらく停止してたように思う。家屋の被害は軽い方だったし家族も無事だった。
それでも、不安は大きくなるばかりだった。
あのとき、全国から多くの方々が助けて下さった。被災地が元気を取り戻すまで、他の地域が立ち止まらずに動いて下さった。
今回は、私たちが動き続ける番だと思う。
被災地のことを心に持ちながら、日々の仕事を動かして。
いま、日本を止めてしまっては、助けられないから。
あふれる情報の真偽を見極めることさえ困難ないまだからこそ、あえて冷静に、やるべきことを淡々と行おうと思う。
被災地を直接応援できる機会は、近いうちに必ず訪れる。
2011年02月27日
PILOTペンクリニックで、びっくり!
うまれて初めて、「ペンクリニック」に行ってきた。
文字どおり、「万年筆の病院」である。
年末、久々にインクを入れた万年筆。しばらく使っているうちに気がついた。
ボールペンをメインで使うようになったのは、仕事を初めてからだったということに!
仕事では伝票を書くことが多く、おのずとボールペンになっていったのだったなぁ・・・と。
今の仕事、どうしてもボールペンが必要なのは、複写の書式を書くときだけである。
おぉ、もう万年筆に戻れるではないか!
そうなると気になる・・・
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